心神喪失者等医療観察法国賠訴訟 初めての被害者の国賠訴訟

 医療扶助・人権ネットワークの「医療観察法入院補償弁護団」は、この2月13日に、鑑定入院についての国家賠償請求訴訟(医療観察法入院補償訴訟)を提起しました。報道関係者・医療関係者の皆さんには是非関心を持っていただきたい事件です。
 なお、報道関係者の方々には、下記6の連絡先にご連絡をいただければ、本件のご説明を致します。
1 はじめに
 医療扶助・人権ネットワークは、2017年2月13日、精神遅滞及び広汎性発達障害という診断を受けており、医療的な治療の可能性がないのに、医療観察法に基づく鑑定入院によって58日間も精神科病院に収容された方を原告として、国に対し、330万円(慰謝料300万円+弁護士費用30万円)の賠償を求める国家賠償請求を提起しましたので、ご報告いたします。
2 事案の概要
 原告は、精神遅滞及び広汎性発達障害の診断を受けている、40代(事件当時)の男性です。
 2011年、原告は、首都圏のある小売店舗の入口付近において、店内に入ろうとする際、すれ違う女性客を押して転倒させ、頭部等を負傷させる事件を起こしました(本件傷害被疑事件)。2012年1月ころには原告の行為であることが特定されていましたが、警察は、原告に責任能力がないと判断し、原告を逮捕しませんでした。その後、なかなか刑事事件の処理が進まず、原告が本件傷害被疑事件で不起訴処分となったのは2013年12月で、事件発生から2年以上経過してからでした。
 法律上、傷害を含む殺人や強盗などの一定の刑事事件を起こした者が、責任能力がないことを理由とし不起訴処分となった場合には、医療観察法の適用がありえます。同法が適用される場合には、不起訴処分がなされた後、①検察官による当初審判申立(医療観察法33条1項)⇒②鑑定入院質問(34条2項)⇒③鑑定入院命令(34条1項)⇒④当初審判(39条)⇒⑤入院等の決定(42条)、という手続へ進むのが一般的です。
 2013年12月に原告に対する不起訴処分がなされたことを受け、同年12月19日、検察官は、裁判所に対し、当初審判の申立(上記①)を行いました。そして、同日、裁判所は、鑑定入院質問の期日を開いたうえで(上記②)、原告に対して鑑定入院を命じ(上記③)、原告は都内の精神科病院に収容されました。鑑定入院中、原告は精神科医による鑑定を受け、2014年2月4日には裁判所に鑑定書が提出されました。この鑑定書には医療観察法の適用の必要性を否定する意見が記載されていましたが、その後も、漫然と鑑定入院は継続されました。同年2月14日、裁判所において、当初審判が開催され、裁判所は、「医療観察法による医療に関しては、対象者の治療反応性は極めて限定的であるといわざるをえない。」などと判断し、不処遇決定(医療観察法による医療を行わない旨の決定)をして、ようやく、原告の身柄拘束を解きました。
3 本件訴訟の意義
 医療観察法は、その成立過程において「隠れた保安処分ではないか」という強い批判がなされていました。しかし、法務省は、医療観察法の制度目的は社会防衛ではなく、対象者に医療を提供して社会復帰を促進することを目的としていることから、保安処分とは全く異なるものであるという説明をしてきました* 。つまり、医療観察法に基づく不利益処分が正当化されるのは、精神障害者に必要な医療が提供されることによって社会復帰が促進され、精神障害者の福祉の増進につながるからです(医療観察法1条1項)。
 ところが、原告は、精神遅滞と広汎性発達障害という診断を受けており、本来、医療観察法に基づく医療が必要ではない方でした。一般に、精神遅滞や広汎性発達障害の治療は「教育や生活指導」* や「生活の援助」* によるとされており、投薬治療を中心とする医療観察法に基づく医療に適していません(治療可能性がない)。それにもかかわらず、原告は、鑑定入院のために、58日間も精神科病院に収容され、無意味な医療を強制されたのです。
 また、鑑定入院が実施されたのは、傷害事件発生から2年以上経過してからです。これでは、社会復帰の促進にもなりません。
 本件訴訟は、本件鑑定入院によって原告が無意味な医療の強制と社会復帰の妨げという被害を被ったことに鑑み、医療観察法の制度目的から乖離している実務の運用について、その是正を求めるものです。
4 原告が国家賠償を請求する理由
 原告は、訴状で、次のような法律上の問題があることを理由に、国家賠償を請求しています。
⑴ 検察官による当初審判申立の違法性
 検察官は「この法律による医療を受けさせる必要が明らかにないと認める場合を除き」当初審判申立をしなければならないと規定されています(医療観察法33条1項)。訴状では、原告の場合には、病名からみて治療可能性がなく、また2年間社会で平穏に生活していたという実績からみても、「この法律による医療を受けさせる必要が明らかにないと認める場合」に該当し、当初審判申立が許されない場合にあたる、としています。
⑵ 裁判所が鑑定入院を命じたことの違法性
 裁判官は「この法律による医療を受けさせる必要が明らかにないと認める場合を除き」鑑定入院を命じなければならないと規定されています(医療観察法34条1項)。訴状では、前述のとおり、「この法律による医療を受けさせる必要が明らかにないと認める場合」に該当し、鑑定入院命令が許されない場合にあたる、としています。
⑶ 検察官が事件を2年間にわたり放置したことの違法性
 医療観察法は、検察官が当初審判申立をしなければならない期限を定めていません。しかし、事件処理が遅れれば遅れるほど、対象者の社会復帰も遅れることになり、医療観察法の趣旨に合致しません。訴状では、医療観察法の趣旨等からみて、本件のような当初審判申立の遅滞は違法である、としています。
⑷ 不処遇に対する補償の要否
 身体の自由を拘束された者が刑事事件や少年年事件において無罪や不処分を受けた場合には、国家より補償(1日あたり上限1万2500円)を受けることができます(刑事補償法、少年の保護事件に係る補償に関する法律)。しかし、医療観察法の場合には、補償に関する法律が存在せず、何の補償も受けられません。立法過程においても補償の要否が問題となりましたが、政府は、医療観察法の手続が本人の利益になる側面があることなどを理由に、補償は不要であるという立場をとっていました* 。しかしながら、原告にとっては無意味な拘束だったのであり、本人の利益になっていません。訴状では、この補償の欠如は、精神障害者に対する差別的取扱いであるとして、憲法14条1項違反及び障害者権利条約4条1項b違反を問題にしています。
5 最後に(措置入院との関係)
 現在見直しが議論されている措置入院(精神保健福祉法29条1項)は、医療観察法に基づく強制入院とよく似た制度で、その適用範囲の一部が重なり合います。いずれも医療を提供することを目的とする制度ですが、「社会防衛」を理由とした無意味な医療が強制される危険を含んでいます。今回の訴訟は、医療観察法や措置入院に共通する問題である、無意味な医療の強制の是非を問うものです。
6 本件の連絡先
医療扶助・人権ネットワーク
事務局長弁護士 内田  明
(連絡先)
〒160-0004
東京都新宿区四谷3-2-2TRビル7階
マザーシップ法律事務所
TEL 03-5367-5142


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